鹿児島大空襲から81年 鹿児島市で慰霊祭 参列者「絶対に戦争をさせないという思い新たに」


 太平洋戦争末期に2300人あまりが犠牲になった鹿児島大空襲から81年ー。今年も慰霊祭がありました。

 慰霊祭には、遺族や住民ら約30人が参列し、全員で黙とうを捧げたあと、代表者が花を手向けて、犠牲者の冥福を祈りました。

 鹿児島市は、太平洋戦争末期の1945年3月から8月にかけて8回の空襲があり、あわせて3329人が犠牲となりました。このうち、6月17日夜の空襲は、死者2316人にのぼり、中心部の堀江町広馬場通りでも200を超える住民の命が失われました。

 【当時9歳で空襲を体験國生次男さん(90)】
「ボサド(通り)を通って天文館を通って照国神社に逃げた。道路の真ん中が火が燃えていた焼夷弾で。家にも3発落ちた」

 【広馬場通り戦災鎮魂慰霊の会・中尾成昭事務局長】
「いま世界では戦争が続いてますけど、絶対に戦争をさせないというそういう思いを新たにしたところでした」

 当時を知る人が少なくなるなか、平和への思いを引き継ぎ活動を続けるとしています。

 
「KKBみんながカメラマン」