愛知県長久手市の「愛・地球博記念公園(モリコロパーク)」内にある「ジブリパーク」で、初のオリジナル短編アニメーション映画『魔女の谷の夜』が、「ジブリの大倉庫」の映像展示室「オリヲン座」で上映されている。
【画像】『魔女の谷の夜』場面カット
スタジオジブリの若手とベテランが集結し、キャラクターが動くこと自体の面白さを追求した本作。制作を振り返る中で、共同で監督を務めた宮崎吾朗監督と山下明彦監督の話は、やがて宮?駿監督の作品が持つ魅力へと及んだ。なぜ何十年たっても古びず、若い世代にも「今の作品」として届くのか。新たな短編を手がけたからこそ、二人はその画面作りの特別さを改めて実感したという。
■ジブリパーク初のオリジナル作品が生まれた経緯
――『魔女の谷の夜』は、スタジオジブリがジブリパークのために制作した初のオリジナル短編アニメーションです。どのような経緯で制作することになったのでしょうか。また、舞台を「魔女の谷」にした理由も教えてください。
【宮崎吾朗】ジブリパークには、一般的なテーマパークにあるような乗り物のアトラクションがありません。「何かアトラクションがあった方がいいのかな」と、ずっと考えていたんです。でも、そういうものを作るよりも、スタジオジブリが関わっているのだから、「映画を作ること」が一番のアトラクションになるんじゃないかと思いました。だから、短編作品を作ったというよりも、「アトラクション映像を作った」という感覚の方が強いですね。
「魔女の谷」を舞台にしたのは、一番発想しやすかったからです。 …そういえば思い出しました。『ハウルの動く城』は“動く城"なのに、パークのお城はずっと座ったままなんですよ(笑)。「これは動いていないと健康に悪いな」と思ったのが、きっかけだったのは間違いないですね。
■短編を作り続けられる場所を
――現在は個人でもアニメーションを作れる時代です。一方で、多くの人に届ける作品を作ることは簡単ではありません。ジブリパークで短編を制作することには、アニメーターが活躍する場をつくる意味もあるのでしょうか。
【宮崎吾朗】僕らとしては、「スタジオジブリがある」というだけではなく、そこで何かを作り続けていてほしいという気持ちがあります。ただ、目的がなければ作品は作れません。僕にできることは、「ジブリパークで上映できる作品を作りませんか」と声をかけることなのかなと思いました。
――その取り組みの一作目を手がけることについて、山下監督はどのように受け止めましたか。
【山下明彦】パークのスタッフから「自分たちの映画がほしい」という声があることは聞いていたんです。一方で、スタジオ側も『君たちはどう生きるか』が終わった後、みんなで一緒に作る作品がなくなっていました。スタジオジブリに所属しながら、それぞれ別の仕事をしていて、「またみんなで作りたい」という声も聞いていたんです。パークにとっても、スタジオにとっても意味のあることだと思いました。
■脚本ではなく「絵のキャッチボール」で作る
――物語は、どのように作っていったのでしょうか。
【山下明彦】実は、『魔女の谷の夜』とは別の案を進めようとしていたんです。でも、まったく絵が思い浮かばなくて(笑)。そうしたら、吾朗さんが「こういう案もあるんだけど」と見せてくれたスケッチがあって、一目見て「面白い」と思って、ぱっと絵が浮かんだんです。僕からも「こんなのはどうですか」と、お互いのアイデアを持ち寄りながら出来上がったのが『魔女の谷の夜』です。
【宮崎吾朗】絵だけのキャッチボールでしたね。
――絵だけのキャッチボールで物語を組み立てていったのですか。
【山下明彦】短編では、それほど珍しい方法ではありません。スケッチを並べていくと、「あ、つながった」となるんです。不思議と、ちゃんと三幕構成になってくれるんですよ。
――それは経験によるものですか。それとも才能なのでしょうか。
【山下明彦】いや、才能があるわけでもないですし、作ってきた本数もそれほど多くありません(笑)。僕はたまたま、これまで手がけた何本かがうまくいっただけです。今回は吾朗さんのスケッチが良かったので、すっと形にはまりました。2週間くらいで全体像が固まりました。
【宮崎吾朗】短編は、一つの発想や感情、イメージを軸にしても、意外と自然にまとまるんですよ。長編だと、物語を最後まで引っ張るための筋立てが必要になってくるので、そうはいきませんが(笑)。
■「絵が動く面白さ」を取り戻す
――来園者には、どのようなところを楽しんでほしいですか。
【山下明彦】一番の魅力は、舞台がすぐそこにあることです。「魔女の谷」という実際の場所があって、実写映画で言えばロケ地ですよね。映画を見てから現地へ行けば、「これが動くんだ」と楽しめる。先に現地を見た人は、「さっき見た場所が、こんなふうに動くんだ」と楽しめる。どちらの順番でも楽しめるのが、この作品ならではです。
それから、劇中ではキクエさん(CV:アイナ・ジ・エンド)が状況を説明してくれますが、パーク内の建物の気持ちは誰も説明してくれません。建物にも感情がある、というのも変な話ですが(笑)、それを言葉ではなく動きで表現しています。映像の力だけでどこまで伝えられるか挑戦したかったので、その部分を楽しんでもらえたらうれしいですね。
【宮崎吾朗】山下さんらしく、動き回り続ける作品になっています。アニメーションにはいろいろな面白さがありますが、基本はやっぱり「絵が動く面白さ」だと思うんです。山下さんは、絵を動かす天才なんですよ。ただ動くだけではなく、山下さんの絵はすごく柔らかい。動きそのものが本当に気持ちいいんです。その心地よさが、作品全体を引っ張っていると思います。今回は本田雄さんや井上俊之さんら、優秀なアニメーターたちも力を尽くしてくれました。その動きそのものを、ぜひ見ていただきたいですね。
■ジブリというブランドがもたらす重圧
――スタジオジブリは、日本を代表するブランドとして世界中で認識されています。実際に中で作品を作る立場からすると、そのブランドをどのように感じていますか。
【山下明彦】ブランドが確立されている分、下手なことをしてそれを汚したくないという気持ちはあります。
【宮崎吾朗】プレッシャーはありますね。
【山下明彦】自分が本当に作りたいものは、ジブリでは作れないかもしれないと思っています。ブランドを汚してしまいそうだから(笑)。
――今回の短編では、どのような意識で作品に向き合ったのでしょうか。
【山下明彦】今回はまったく新しいものを生み出したというより、これまでにある作品や世界観を使った映画ですよね。言ってしまえば、ファンサービスに徹した作品なので、ここでオリジナリティーを打ち出そうとか、自分自身を強く表現しようという気持ちはありませんでした。だからこそ、ブランドを汚さずに済むだろうという安心感はありました。自分の役割として、少し古くさいことをやろうとしていました。昔懐かしい「漫画映画」のようなものを作りたかったんです。僕はそういうアニメーションの部分ばかりを見ていたので、今、吾朗さんの話を聞いて、「なるほど、若さも出ていたのか」と思いました。
――「漫画映画」にしようと考えたのは、なぜでしょうか。
【山下明彦】今、あまりないからです。現在のアニメーションを見ていて、「純粋に動いているだけで面白い」と感じる作品が、あまりないんですよね。動きが目立つのは、たいていバトルシーンじゃないですか。派手に爆発したり、激しく戦ったりする。でも、それ以外の「平場」と呼ばれる静かな場面では、キャラクターの芝居が十分に作られていないと感じることが多いんです。そういう場面に力を入れたくても、描ける人が少ないのかもしれません。静かな場面も含めて、すべてが当たり前のように動いて見える。そういう作品にしたかったんです。何でもない日常の芝居の方が、実は難しいんです。今回は少しコミカルな動きも含め、昔の作品にあったような、「最近はあまり見ないでしょう」という動きを見せたいと思って、動きの部分に関しては意識的に古めかしくしています。
【宮崎吾朗】一方、音楽では、ジブリ作品として初めて“四つ打ち"を取り入れています。これまでのジブリ作品にはなかったロック調の音楽や、ゲーム音楽を思わせる曲も入っています。
■ジブリ美術館オリジナルの短編作品で学んだ宮?駿の厳しさ
――ジブリパークを、新しい表現を試せる場所にしたいという考えもあるのでしょうか。
【宮崎吾朗】それはありますね。三鷹の森ジブリ美術館向けの短編を作るという選択肢もなくはありませんが、美術館の短編は主に宮?駿監督が手がけてきたので、ハードルが高い気がするんです。
【山下明彦】僕は美術館用の短編を一本作りましたが、その時に肝に銘じたのは、美術館用の短編は、やはり「プレゼンツ・バイ・宮?駿」だということです。宮?監督が「うん」と言わなければ、先に進まない。実際、かなりダメ出しされました。
――『ちゅうずもう』ですね。とても人気のある作品ですよね。
【山下明彦】制作時はかなり苦労しました。ほかの現場なら通用することでも、宮?監督が納得しなければダメなんだと実感しました。大変でしたね。
【宮崎吾朗】傍で見ていても、大変そうだなと思っていました。
【山下明彦】ただ、僕はありがたいとも思っていました。「これも自分の肥やしになる」と考えていましたね。
――結果的に、どのような部分が糧になったのでしょうか。
【山下明彦】「作品を作るとはどういうことなのか」を学べたことです。『ちゅうずもう』は、日本の昔話「ねずみのすもう」が原作ですが、アニメ化する時には、まず「なぜ今、この物語を作るのか」を徹底的に考える。そこは、さすがだと思いました。その答えを突き詰めるためなら、普通ならためらうような変更を加えることもある。どんな題材であっても決して軽く扱わない。その姿勢を間近で見られたことは、本当に大きな学びでした。
■「なぜ古くならないのか」
――宮崎吾朗監督も、スタジオジブリで作品に取り組まれてきましたが、宮?駿監督の作品をどのように見ていますか。
【宮崎吾朗】最近改めて、宮?駿の映画は特殊だと思うんです。やっぱりすごいですよね。例えば『魔女の宅急便』を4Kデジタルリマスター版で37年ぶりに上映すると、10代、20代の方も見に来るじゃないですか。若い人が見て、今の作品としてきちんと受け取れる。同じ時期に作られたアニメーション映画を見ると、「昔の作品だな」と感じるものもあります。でも宮?駿の作品は違う。時間を超えて、今の作品として見られる。どうしてなんだろうと最近よく考えます。
【山下明彦】古くならないですよね。
【宮崎吾朗】そうなんです。なぜ古くならないのか。もともと古いから古くならないのか。それとも、時間を超える何か、秘密のようなものがあるのか。そこはいつも不思議に思っています。
【山下明彦】例えば、宮?監督の作品がテレビで放送されている時に、途中からテレビをつけて見ても、その瞬間から面白いんですよ。きっと、すべての場面が面白いんでしょうね。
【宮崎吾朗】そうですね。一カットも無駄がないというか。やっぱり、絵そのものに魅力があるんだと思います。
【山下明彦】何年かたってから見返すと、また新しい感覚で見られる。その不思議さもありますし、単に「古くならない」というだけではない気がしますね。
【宮崎吾朗】何なんでしょうね。
【山下明彦】分からないです。それが分かったとしても、結局まねはできないでしょう。
■一枚の絵に複数の視点を描く
――「ジブリの大倉庫」で7月から始まった新たな企画展示「パノラマボックス展」の作品も宮?駿監督の画面作りとの共通点があるのでしょうか。正面から見ても、上下左右どの角度からのぞいても絵になっているのが不思議でした。
【宮崎吾朗】それが、宮?駿の映画における画面作りの秘密でもあると思います。複数の視点から見えるものを一つの画面の中に描き込んでいるんです。よく「宮?駿のパースはラッパのように開いている」と言われますよね。正確なパースに縛られず、「どう見せたいか」を優先した空間を描け、と言われるんです。でも、それができない(笑)。結局、絵そのものに魅力があるんだと思います。
押井守さんがジブリについて書いた本の中で、宮?駿の作品は絵本のようなものだから、年を取っても見られるし、若い人も見られるし、子どもも楽しめる。だから、ずっと愛されるのだろうと書いていました。「絵本」と言われると、確かにそうだなと思うんです。物語を聞きながら、動く絵本を延々と眺めているような感覚がある。一枚一枚の絵を見ているだけでも飽きない。それが宮?駿のアニメーションなんだと、改めて思いました。
■ジブリパークについて
ジブリパークは、「ジブリの大倉庫」「青春の丘」「どんどこ森」「もののけの里」「魔女の谷」の5エリアで構成。チケットは全日予約制で、入場月の2カ月前の10日午後2時から販売される。9月入場分は発売中で、10月入場分は8月10日午後2時から販売。ジブリパーク公式サイトの案内に従い、Boo-Wooチケットなどから購入できる。
(提供:オリコン)
8月5日 8時30分配信